新思潮No.125 2014年3月号①
春を斜めに手櫛すくやわらかく 潮田 夕
 潮田夕は殻を破ったように、たおやかな作品を書いている。この句は春ならではのつややかさである。〝手櫛〟でゆっくりと髪を梳く行為も、春を視野の片隅に捉えているので、ことさら優雅さを漂わせる。春を背景にした一人の女の気分がよく出ている作品だ。〈岡田俊介〉
三月と亡母とを繋ぐ雨の糸 潮田 夕
 三月の雨の情景で、三月と亡母とを〝雨の糸〟が繋いだという発見のある句だ。〝雨の糸〟がきずなのような役割をしていて、一端で亡母を偲んでいるのだ。〝雨の糸〟のしっとり感、細やかさから、すぐそこに降っているような現実感が立ちのぼってくる。亡母を結んでは消えるはかない糸なのだ。〈岡田俊介〉
冬芽つんつんフリー切符のさびしさは 吉田州花
 高齢者の日常生活に生じる寂寥感を、「冬芽つんつん」という清新なフレーズを活かしつつ、洗練された表現で詠み切っているのが魅力だ。「冬芽つんつん」は愛らしい言葉だが、作品内容的には個をネガティブに刺戟して、孤愁を深めているのは確か。
 「冬芽」は成長期の春が訪れるのを待てばいいが、「フリー切符のさびしさ」には、いつまでという保証はないのだ。生活意識に求めた題材を、美意識を円滑にはたらかせた表現意識が、透徹した自己内観のたまものもあって優れた心意句に仕上げている。〈細川不凍〉
旅半ば 水が溢れてくる無題 板東弘子
 人生の旅の途中、振り返れば様々な思い出が溢れてくる。喜びやかなしみの人生に、たった一つの題などつけられない。もしつけるとしたらタイトルは「無題」。「無題」とすることで、これまでも、これからも、豊かで大きな水の流れに、身を任せてゆく作者の生き方が重なる。〈西田雅子〉
くちびるを雪に移して花の色 斎藤 漣
 美しくも印象的な作品だ。〝くちびる〟を雪に移す幻の行為は、圧倒的な量の雪が降る、その彼方の春を待つこころがどこかに潜んでいる。〝くちびる〟の紅さで花を咲かせようとの思いが底流にある。〝くちびるを雪に〟の冷たい触感に、そこから開くであろう花の予感に震えるのだろうか。〈岡田俊介〉
まだ背中合わせの海が荒れている 寺田 靖
 相容れないそれぞれの海が、背中合わせのまま流れている。その表情は見えなくても、背中合わせに息遣いや体温は感じられる。その流れはいずれはひとつの海となるのか、まだわからない。〈西田雅子〉
有刺鉄線二つ越ゆらばいのちの澪よ 西条眞紀
 有刺鉄線の冷たい質感や、食い込むような鋭さは、尋常でない苦しみや痛みを思わせる。それを二つも越えた先にあるもの。命から命へ繋がる確かなものがある。〈西田雅子〉
吹雪かれてバスを待つ眼の寒立馬 吉見恵子
 〝寒立馬〟(かんだちめ)は下北半島の寒いところに放牧された馬で、寒さによく耐えるという。この句はバスを待つときの心境から、寒立馬を思ったのである。雪の町で、雪の色に染まりながら生活する人の心情を馬に結実させたところが美しくもある作品で、閉鎖された雪の世界でのかすかなこころの動きを鋭く捉えている。〈岡田俊介〉
移植の水仙生涯という罠を知る みとせりつ子
 「移植の水仙」にどきりとさせられる。新しい土に根付いても、水仙に透ける以前の景色。生涯、前の土には還れないという罠。水仙は今日も遠い景色を抱いて咲く。 〈西田雅子〉

雪ふかく無名の戦士かおあげよ 松田ていこ
風船を手放しいっそ白き梅 古俣麻子
紙細工ギザギザになる地平線 出雲寺 紘
木も人も闇の重さに実をこぼす 岩崎眞里子
 
枯野までひきずる擬陽性の夜 矢本大雪
みずいろの雪にやさしい向こう岸 澤野優美子
子とふたり雪の輪廻に残される 桂 由輝花
散る散らぬ覚悟の祈り花に問う 夕刻閉門
雪一夜町をさがしに出かけよう 福田文音
 
皿を割る音で始まる狂詩曲 佐藤純一
残照やいとしきものを抱くように 伊藤寿子
真っ白な日記 晩年の春また秋 梅村暦郎
父無言遠い雷聞きながら 堀 紀子
手を握り返してくれる春の水 中嶋ひろむ
☆ NO.125の読みもののご案内
 ・エッセイ「亡霊」 古谷恭一
 ・神戸北野吟行作品 H25.11.24
 ・神戸北野吟行「北野紅葉」 杉山夕祈
 ・随筆「雨返し」 福田文音
 
※神戸北野吟行作品は近くホームページでご紹介します。

2014.3.17

PAGE TOP