新思潮No.127 2014年7月号①
初ざくらふわり着物は下ろしたて 伊藤 寿子
 どことなく、王朝絵巻のようなゆかしい雰囲気が漂う句だ。「初ざくら」と「着物」の両方に係る「ふわり」が詩的クッションとして有効にはたらき、更に「初」と「下ろしたて」が相乗的に清新な気韻を高めている。その結果、作者のしなやかな情感の弾みが心地好く伝わってきて、読む者の一人として、快美な世界を共有することができた。 〈細川不凍〉
甲冑は小柄で柑橘系のにおい 山崎夫美子
 「柑橘系のにおい」は、少年兵の魂に寄り添おうとする作者の、渾身の表現だ。女性の感性は、斯くも優しく繊細である。〈細川不凍〉
チャンネルはあの日の坂に合ったまま 寺田  靖
 私が研修句会などで、必ず彼の作品を推してしまうのは、彼の中にある屈折と孤独がどこか私の中のある部分に共鳴するからだ。チャンネルの句は、挫折して転げ落ちた下り坂でもあり、身を立て直そうと必死に登る坂でもあるようだ。発想が見事だ。寺田さんは、新しい手法を開拓しつつ、己を深化しているようだ。〈姫乃彩愛〉
シャンパンの泡立ち何もなかった日 古俣 麻子
磨くほど明日が映る窓ガラス 古俣 麻子
 日常というタイトルが付けられた一連の作品。日常の出来事を詩情豊かに取り出している。「シャンパン」の句は平凡な日の色付けとしてシャンパンの栓が抜かれたのであろう。何もなかった日を祝う言葉を背後に秘めているようだ。淡いシャンパン色がきらきら光る様子が見えてきて幸せな気分を共有できる。
 「磨くほど」の句には、窓ガラスを磨くほどに明日が鮮明に映るという〝磨く〟と〝明日〟との脈絡を設定していて、微妙な心地よさを演出している。〝明日〟という言葉の採用が成功した。平凡な明日が映るのであれば、それ以上の幸せはあるまい。日常を普通に送るよろこびが感じられる作品群だ。〈岡田俊介〉
佇めば糸遊ほどの狂気かな 杉山 夕祈
 糸遊とは、春のうららかな日にのぼるかげろうで、そのあとに続く狂気はおだやかな言葉ではないが、糸遊ほどというところが夕祈さんらしく静かな静かな狂気で佇む夕祈さんが想像できる。狂気を秘めた深い静けさは、夕祈さんの感性そのものである。〈姫乃彩愛〉
朧ろ月の滑車を引いて黄泉の国 高橋  蘭
 おぼろ月を滑車に見立てた発想の面白さがある。その滑車に綱をかけて廻すと誰も知らない黄泉の国が出現するという。いろいろな大会に出席して秀吟なる作品を聞いていると、大なり小なり、見つけの面白さがあるのに気付く。見つけの面白さは川柳を構成する上での要素になり得るものだが、この句も同様の要素を包含している。〈岡田俊介〉
あやまちを静かに拾う枝の先 岩崎眞里子
 「ニンベンの形で続く枝分かれ」(舎利の風より)この句が、ぱっと浮かんだ。ニンベンは人と書く、あやまちを拾う枝も心をもっている。枝にも感性を持てる眞里子さんは、どこまでも純粋な人だ。説明するのではなく感じさせる、それも人間の奥深い所で。そういう眞里子作品が好きだ。〈姫乃彩愛〉
地図に蛍の水辺水坂のあり 望月 幸子
 何の変哲もない地図に、蛍のいる水辺水坂が載っていたという発見のある句だ。もちろん作者の心象がそうさせるのだが、その地図を見ていると、蛍の世界に迷い込むような感覚が生じるだろう。その感覚を作者は愉しんでいるのだ。蛍のいる水辺、水坂には昔の自身がいるのかもしれない、そんな幽玄の光の下の追想なのだ。〈岡田俊介〉
ひと粒のいちご宇宙をひとり旅 重田 和子
 いちごの気持ちになって詠んだ童話的な作品。いちごにとっては、スーパーの店頭や居間、人間の手や皿などもすべて宇宙という視点で捉えている。いちごにとっての宇宙というものの見方の面白さを演出しているのだ。
 背景にある純心さが創作の起点になるのは明らかで、作句に当たっては頭でひねるのではなく、気持ちの純粋さで対象を捉えたいものだ。そうすれば別の景色が見えてくるにちがいない。〈岡田俊介〉
からめ手はすでに抒情の人だかり 細川不凍
花にまみれて障子を開けし童(わらしべ)が 西条眞紀
ひとひらの譜面を運ぶこの水面 姫乃彩愛
夢多き紺が次第にかすむまで 岡田俊介
 
生も死も倦きて手を出す桜餅 酒谷愛郷
立夏かな絵文字の文のそのごなど 濱田玲郎
ふたしかな風味に触れるプラシーボ 澤野優美子
茶花となる椿一枝の纏う空(くう) 谷沢けい子
むらさきを吐き尽してもなお桔梗 吉田 浪
 
点々と記憶の底へ飛花落花 大橋あけみ
苔のむすまでを想って苔になる 中嶋ひろむ
耕せる農婦と蝶と刻ひとつ 北山 茂
ペン立てのペンの中にも好き嫌い 山下華子
夕映えの虜になった万歩計 川崎清子
☆ NO.127の読みもののご案内
 ・エッセイ「日常」 みとせりつ子
 ・随筆「歯科医K子先生」 松井文子
 ・西郷かの女句集「冬の陽炎」鑑賞―「万法すすみて自己を修証す」矢本大雪
 ・岩崎眞里子句集「舎利の風」鑑賞―「眼差しの先に」山崎夫美子
 ・随筆「北の最果て 南の最果て」寺田 靖
2014.7.17

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