新思潮No.128 2014年9月号より②
戦後史の花粉を担ぐ仏壇屋 高橋  蘭
 仏壇屋というものの捉え方に川柳味のある作品。母が死んだとき仏壇屋へ行ったが、デパートで何かを買うようにはいかなかった。仏壇は人生の縮図のようだとも思う。この句は仏壇を戦後の世の流れの中で捉えていて、その流れの中で、人を花粉に喩えたところに、儚さと皮肉の入り混じった位置づけを行っていて、素通りできない味わいがある。 〈岡田俊介〉
ぼたもちを食うとき後ふと見たり 酒谷 愛郷
 何でも思いがけない幸運に出会うと、嘘だろうと頰をつねってしまいたくなるものだが、それが本当だと分かると途端に警戒心を起こして辺りを見回す。あまりに幸せなことは他人に知られてはまずいのである。人は周囲の人々と同じレベルで生きてゆくに限る。
 それが波風を立てないで世間で生きてゆく知恵なのである。人間、小心翼翼と生きていると、ぼた餅のようなご馳走でも、何か後ろめたくこっそり頂いたりする。古典的な笑い話のような一句。〈古谷恭一〉
幾重にも暮色を抱いた黒揚羽 元永 宣子
季から季へ乱反射する風の音 元永 宣子
 〝黒揚羽〟を詠む作品も沢山見てきたが、この句は暮色を抱いた色に見えたという発見がある。暮色は自身の少し暗い気持ちを反映した色だろうが、〝幾重にも〟と、気持ちを増幅させている点に不安が隠されているかもしれない。
 「季から季へ」の句も、季節の変わり目をきらめく風を鋭く捉えた作品で、〝乱反射〟の語が作者の立ち位置の不安を照らし出しているようにも見える。いずれの句も、自分の出合う風景を不安感のある内面で反射させて投影したような作品だ。〈岡田俊介〉
夏至の雨はげし集団的自衛権などなどと 濱田 玲郎
 世の中が実に不穏な動きをしている。世界中で民族対立や地域紛争が起きているが、世界の人口が爆発的に増え、水や食料、鉱物の資源を求め、これからも紛争の火種が消えることはあるまい。ちょっとしたきっかけで連鎖反応的に世界大戦がまた起きるかも知れない。
 日本には原発施設があるので、テロリストからミサイルの集中攻撃を受ければ、あっという間に日本は滅んでしまうだろう。核施設は無いに限る。武器や軍隊も放棄するに限る。こちらが何も戦う意思がないことを示せば、少なくとも相手は敵意をむき出しにすることもない。
 戦争放棄は立派な生き残りの戦術なのではあるまいか。憲法第九条は先人の遺した深遠な思想であり、知恵なのだ。それをこの頃の政治家は躍起になって改憲しようとしたり、解釈変更しようとする。特定秘密保護法、集団的自衛権など、明らかに戦前ファシズムへの逆戻りを画策している。厚い暗雲の立ちこめた梅雨空である。〈古谷恭一〉
誰か来る音を待ってる夕間暮れ 福井 陽雪
 視力を奪われている作者にとって、いちばん落ち着けるのは誰かと同じ空間を共有している時であろう。待つ身の切実なたたずまいが窺える境涯詠で、孤愁の滲む静謐な作品だ。〈細川不凍〉
さざ波を閉じ込め青き硝子玉 大橋あけみ
 硝子玉をどの角度から見ようが自由なのだが、この作者はそこに潜むさざ波を想像した。さざ波は〝青き〟に変化して、そこに潜んでいるのだ。〝青〟からはいろいろな想像が可能だが、さざ波を連想したところに、平穏の中にも少しの屈折のある暮らしが想像されて愉しい。〈岡田俊介〉
武士の横笛夏城の力も尽きて秋 山内  洋
月光を遮る死者のカンツォーネ 山内  洋
 「武士の横笛」の句は秋へ至る過程を描いている。秋を呼ぶ横笛なのだろう。武士の吹くその横笛を聞いてから夏城の勢いが弱まり、ついに秋になったという物語を設らえているのだ。夏城は夏そのものの喩えであるとしても、こういう連想が連想を呼ぶ物語も楽しい。
 「月光」の句も、月光の蒼さに死者のカンツォーネが聞こえたという幻想をしたため、さらにその月光をも遮るものとして、詠われているが、〝死者〟としたところに、作者の寂しい追想が窺われる。〈岡田俊介〉
梅雨空にどんなてだてがあるだろう 福田 文音
浮遊する親指いつか草の中 鮎貝 竹生
喧騒を逃れあじさいの縹色 山辺 和子
何か足りない夕暮れの交差点 みとせりつ子
 
花びらの墓から墓へとおき日のわれ 西条 眞紀
金の音銀の音して竹散りぬ 北山  茂
アルバムは耳鳴り梅雨の色ばかり 小林ひろ子
過去帳の誤字も仏のてのひらに 山崎夫美子
飛び立たぬ鶴に見られる水枕 村上 秋善
 
水を飲むあくまでシラを切り通し 古谷 恭一
泣きそうな空を見ているあじさゐと 瀧澤 良子
アングルに突っ込んでくる怒の写体 越智ひろ子
ポストイットし忘れ雲が逃げていた 古俣 麻子
輪郭のぼやけた夏へ書くレター 西田 雅子
2014.10.16

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