新思潮No.129 2014年11月号より①
ミステリーぱらぱら白い秋になる月野しずく
 初秋を詠む作品群だ。ぱらぱらのオノマトペはどうしても、そこに熱中していない様子が浮かんでくる。ミステリー小説を手持ちぶさたか、こころそこに在らずといった気分で読んでいる作者がいる。その光景も、こころあらずの気分を反映した〝白い秋〟に染まってゆく。オノマトペを上手に配し、感触のいい作品に仕上げている。〈岡田俊介〉
声紋をたどれば処々の微笑かな杉山 夕祈
 連作七句共かの女さんを偲ぶ作品のように思われる。かの女さんは平素、立ち居振舞いのとても美しい方で電話のお声などにもそれはよく現れていた。作者はいつも受話器の向こうで微笑むかの女さんを想像しておられたのかも知れない。〈松田ていこ〉
眉なだらかに静寂へ落ちるまで大橋あけみ
 静寂の語が言葉以上の語らいをしている。身体の一部である〝眉〟を象徴的に使って、その時の気分の創出に成功した。眉が向かうその先には、眉が彫像になったかのような静寂がある。〝なだらかに〟の使い方がよく、この語によって、静寂に至るまでの気持ちのなだらかさを暗示している。特異な情感をかもし出した作品だ。〈岡田俊介〉
流されて 文月桃の実影法師吉見 恵子
 自分には及ばぬ力に圧られ、流されてきたこの地も、文月を迎え、桃がたわわに実をつけた。その豊かな光景に比べると、ふと目にしたわが影法師の、なんとも寂しい気であることよ。作意よろしく、情感を高める言葉たちが、耽美的に連繁している。〈細川不凍〉
まだ暗い水から鳥は生まれきて寺田  靖
 七句とも作品の物語性に惹きつけられるものがあり、特に掲載の一句には永遠の哀しみのようなものを覚えた。人はみな心に陰影を抱いて生きているのだと、しみじみ人間への愛しさがつのる一連の作品であった。〈松田ていこ〉
藍染の袂独り身覚えては松井 文子
 草のいのちに生れた藍は、永い歳月を経てもなお息づいていると云う。古来、藍染は防虫効果があると云われ庶民にも日常的に愛用されていたが、本物の藍染は明治の頃から極度な減少の一途をたどった。又、和服の袂には魂が宿ると云われ(袂をかさねる・袂を分つ)など諸々の語源にもなり、まこと袂は趣が深い。
 まして「藍染の袂」とはなんと愁いに満ちた美しい響きでしょう、掛けがえの無い大切なお方を見送られやがて一年になろうとしている。その間も凛として素晴しい作品を発表して来られた作者、深い思いが滲む作品の美しさに打たれずにはいられない。 〈松田ていこ〉
陽の青をはじいて秋の鼓笛隊山辺 和子
 言葉の配置が的確だ。〝陽の青をはじいて〟という表現も大変よいと思う。鼓笛隊が秋には、太陽の七色のうちの〝青〟だけをはじくという発想が新鮮だ。鼓笛隊のにぎやかさの中にも秋の色を見つけ出しているのだ。〈岡田俊介〉
法衣脱ぐ夜は静かに壊れてゆく細川 不凍
 優しく男らしく端然とした作者のお人柄が伝ってくる。例え、何処がどうであろうと昼の間は法衣の人であらねばならぬ、想像を絶する精神力で昼の長い時間と対峙しておられるのであろうか。「静かに壊れてゆく」のことばに、闘い抜いた獅子の姿を見る思いがする。
 然し何んと立派な獅子であろう、精いっぱい命輝かせ闘って来られた。西郷かの女さんが常々不凍さんに感動と尊敬の眼差しを向けておられた事を思い出す。不凍さんの存在に生きる勇気を戴いていらしたようであった。〈松田ていこ〉
頭垂る涙痩のあとあり夕顔に西条 眞紀
前略後略涙があふれ 落丁西条 眞紀

 「夕顔」のことばも寂しく「下を向いて歩いている」と言われる。いまだ辛い喪失感の中に居られるのか、一条の光が射す日を祈るばかりである。「西条眞紀さんは素晴しい作家だわねえ」といつも賞賛して居られた西郷かの女さんの言葉が昨日のように思い出される。 〈松田ていこ〉

横顔は水彩めいて萩匂う伊藤寿子
カマンベールチーズになろうと決めて十年吉田州花
悲話がまた降り積もる蝉しぐれ古俣麻子
スカラベの糞もこの世も美しい 古谷恭一
わが身より飛びし蛍に追いつけず矢本大雪
入水するあんずとすもも輪唱す澤野優美子
極小の内耳の海が暮れてゆく岩崎眞里子
一夜明けか細き虫のスケジュール福田文音
目ざむるとときどき置いてある卵酒谷愛郷
順路から離れはじめる君もきみも山崎夫美子
柩から輪郭のない鳥が飛ぶ福井陽雪
一頭の馬 愁思を覚めて萩の村落(むら)山内 洋
烏賊捌くまた一からのノクターン重田和子
晩秋を好きなところへ置く窓辺西田雅子
☆NO.129の読みもののご案内
 ・エッセイ「渡辺白泉」 矢本大雪
 ・随筆「思い出ぽろぽろ」 澤野優美子
 ・エッセイ「哲学な夏」 西田雅子

2014.11. 5


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