新思潮No.131 2015年3月号より④
騒人のように臘梅咲くらしい潮田 夕
 「騒人」の句は、早春に真っ先に咲く黄色の臘梅の花の佇まいを詠んでいる。わが家から私鉄の駅までの間にも何本かの臘梅に出合う。寒いときから咲くから一際目立つ。作者はこの黄の花を、文人、詩人、風流人をいう騒人に喩えたものだが、この喩えがまた新たな情感を呼ぶから不思議だ。〈岡田俊介〉
夜は深き河にとけゆく冬の景杉山夕祈
カロルいまこの凍原の夜を剥がす杉山夕祈
 昔は、クリスマスが近づくと商店街では、ジングルベルの歌が賑やかに流れ、あちこちの店先にはクリスマスツリーが飾られていたが、近頃はほとんどそういう風景が姿を消した。現在は大きな場所で大きなことをしている。各地で様ざまな趣向を凝らして派手にやっている。それがネット上に流されるものだから、人々はわざわざ県外まで出かけて行ったりする。そういうもののひとつを夕祈さんも観ているわけだが、その時の様子や思いを見事にとらえている。現象が眼に刻まれて内意を揺さぶる。想いを深めることで静は動に、動は静になり命を吹く。〈みとせりつ子〉
白い残月 身形ととのえ父に会う元永宣子
 この句は、父に会う気持ちを〝白い残月〟に象徴させたところで、亡き父のようにも思える作品だ。晴れた日にも〝白い残月〟のかすかな光に捕えられる〝父〟なのだろう。身形を整えて、久しぶりに会う心情は白い残月のように儚さを宿し、わが身もその残月に染まるのだ。〈岡田俊介〉
終の句は人生の櫻(はな) 紙の墓標青野みのる
 辞世の句の存在意義を確認しているような作品。それは人生を締めくくる、言わば人生のはなであり、一方で、紙に記されるが故に紙の墓標であるという捉え方には説得力がある。そうした一句はぜひ残したいものだが、私には創れそうもない。〈岡田俊介〉
虹色の鳩抱き吹雪く夜を眠る桂 由輝花
惜命やうすきひかりをまなぶたに吉田 浪
冬空青しジャックナイフのごと鮎貝竹生
降りしきる地上のおとを閉じ込めて松田ていこ
ずぶ濡れのペーパードレスから魚に新井笑葉
少年の遠景にあるちぎれ雲板東弘子
白鳥の空空空(くうくうくう)と鳴き渡る谷沢けい子
君の顔咲きこぼれるまで雪を編む姫乃彩愛
如月の青空まっさらな言葉伊藤寿子
紅の色ひとつ加えて初春の靴松村華菜
2015.4.17

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