新思潮No.134 2015年9月号より①
夜は一枚の水の鏡より覚む    桂 由輝花
ある非日常の感覚を秘めた作品を創る作者で、「夜は」の作品は〝一枚の水の鏡〟から立ち上がる〝夜〟を感取することができるだろう。〝一枚〟の修飾語の効果で、よく使われる〝水の鏡〟とは別物という感じがするから不思議だ。部屋の中の架空の鏡のように思われ、そこから立ち上がる〝夜〟のイメージは、作者を包みこみ、さらに読者をも包みこんでくる。〈岡田俊介〉
月洗うように老母を洗うなり酒谷 愛郷
何とも不思議な作品だ。この句は「ように」という比喩を用いているが、通常、比喩というのはイメージを明確化するために使う。ところがこの作品は、「月洗うように」と表現することによって、かえって不明確化している。だが、そのことがこの作品を大いに魅力的なものとしているのだ。鑑賞者としては失格だが、語意で言葉を追うのはやめよう。眼を閉じて、この句そのものを静かに味わおう。この句の魅力を発見できる方法はそれしかないように思える。〈寺田 靖〉
月光を捕らえて河童川を出る福井 陽雪
河童は日本でもっとも有名な妖怪のひとつだ。「愛すべき存在」として語られたり、「恐るべき存在」として語られたり様々だが、今回、福井陽雪さんの捉える河童はすこし哀調味を帯びている。「月光を捕らえて」夜な夜な川を出る河童には、何となく切なさの影のようなものが感じられる。〈寺田 靖〉
日没のオペラグラスの覗く先 重田 和子
単なる覗き見と思いたくはなく、たそがれ時の昼から夜への変わり目、すなわちある世界から別の世界への変わり目を覗くことのできるオペラグラスと思えば、ミステリアスな世界が展開しそうで、俄然面白くなってくる。誰も見たこともない世界を見ることができるオペラグラスなのだろう。〈岡田俊介〉
萩ゆれて恋歌ひとつを書きもせず吉田 州花
すすきかるかや絵本私のものになる 吉田 州花
秋の感覚を作品にした。萩の句は萩の感慨を詠むものだが、萩の過去を偲ばせる姿から、恋歌から遠ざかってしまった心境を露わにした。秋の初めの萩の紅が密やかに散っていく様が想像される。  「すすき」の句は、すすき、かるかやと呟きながら、それらに象徴される季節に浸る作者が見えるようだ。その季節では、お気に入りの絵本がしっくりと馴染んでくるのだ。秋に親しむ様子がみえる作品群である。読後に流れるしっとりとした空気は作者独自のものだろう。〈岡田俊介〉
はつなつや忘るるまでのしんりょうしょ澤野優美子
炎天ごろり耳にも青い蝉が棲む大谷晋一郎
鬼灯をみんな破って母の膝  谷沢けい子
紫蘇しぼる女の指をはるばると 伊藤寿子
銘柄を選ぶといつも亡父の酒 細谷美州子
潮騒と一緒に骨壷にはいる 高橋  蘭
混沌のこの世に配る答案紙  元永宣子
青空や書斎の窓は嵌め殺し  鮎貝竹生
くちびると雨降る湖畔までの距離西田雅子
古井戸のしゃくりあげたる一揆かな 細川不凍
2015.9.15

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