新思潮No.136 2016年1月号より①
ふところに深く銀河は匂いだす矢本 大雪
みずからの内奥深くまで視線を傾ける作者である。そこには詩想を与えてくれる自分だけの宇宙が、無限に広がっているのだ。いったい銀河はどんな匂いがするのだろうか。宮沢賢治は銀河に、どんな匂いを感じ取っていただろうか。銀河は英語でミルキーウェイというから、ミルクの匂いかも知れない。もしかして赤ちゃんの匂いも。だがここは個性の発露と捉え、作者自身が匂いだすと考えた方が相応しい。銀河を自分の匂いで満たすのだ。〈細川不凍〉
黒揚羽きおく違いの光りかな潮田  夕
記憶のはざ間に迷い込んだときにしか見えない〝黒揚羽〟である。いつもは見えない蝶なのだが、ふとした弾みに別の記憶の世界に紛れ込み、そこには黒揚羽が舞っている光景なのだ。この黒揚羽の妖しい色彩は、誰しもが記憶の底にもつものだから、なおさら妖しいのであろうか。シュールな一瞬を書き留めた作品である。〈岡田俊介〉
信長の癇癪玉を先ず思い古谷 恭一
「腫物に触るよう」という言葉がある。秀吉のような天才的な知略家は別として、私達平民クラスには 腫物には触らない ことの方が、処世術の観点からも肝心だ。掲出句のような俗文学的なエレメントを取り込んだ川柳作品は、恭一氏の得意とするところだ。恭一氏のこの戯作者的な才気には感嘆させられる。アウトサイダー的な立ち位置からの臆することのない発想と、洒落の利いた表現が魅力だ。川柳の根本的な格式が具わっているのも強み。〈細川不凍〉
窓ひとつ描いてこころに秋の陽を山辺 和子
こころにも陽が必要なのはもちろんだが、作者は秋の陽であっても、それをこころにまで届かせるために、窓を描いたのだ。こころに描いた窓なのだろう。この窓を通して秋の陽が届き、しばしの安らぎを得るのだ。流れるようなリズム感のよい言葉の配置だ。〈岡田俊介〉
銀杏散る一気に余白手離して西田 雅子
琴線を空いっぱい張り冬へ 西田 雅子
夜明けまで月光編んだりほどいたり西田 雅子
心にゆとりを持ちつつ秋の美観を愉しむ日々も、「銀杏散る」ことで一気に潰えてしまった。この先は身心共に、過酷な冬と対峙しなければならないのだ。しかし、自分には「月光編んだりほどいたり」することのできる繊細で靭い十指がある。この十指を以て、感動体を捉えんとする琴線を、空いっぱい張り巡らすのだ。冬になんかに負けてたまるか、という気概を込めて。〈細川不凍〉
ひらかねばまぶたおもたい寒牡丹 酒谷愛郷
三日月を連れてりんごの星を発つ岩崎眞里子
病葉の一部始終を月の暈吉見 恵子
葛屋根に陽がかげるとき柿灯る福田文音
流れ着く藍 秋茄子の溺死体 新井 笑葉
四畳半のドラマ転がし老いてゆく板東 弘子
落葉にどすんと夜が降りてきた 古俣麻子
現世から来世へかけるボタン穴 高橋 蘭
舟歌が聴こえるまでに秋の澄む岡田俊介
読み終えたページのように淋しげに姫乃彩愛
定禅寺通りはらはら黄の灯り松井文子
満月の肉の厚きに擁(いだ)かれん細川不凍
2016.1.9

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