新思潮No.137 2016年3月号より①
ミルクティーくるくる あ!!春のえくぼ月野しずく
ミルクティーをかき混ぜてミルクがくるくる回る様子から、春を直感したという感覚の冴えが秘められている。〝春のえくぼ〟で、春の微笑む様子さえ見えてくる。簡略化しつつも、雰囲気を適確に伝えている。〈岡田俊介〉
あの頃は腕をまわせばあった海寺田  靖
思い出し続けて今も鳥は飛ぶ 寺田  靖
人生の途上には、いろんな選択肢があったのに、選ぶのはたった一つ。学校も職場も結婚も、燃え立つ夢や希望より、手堅く控えめな選択をして真面目にコツコツ生きて来た。それで良かったのかと、己の人生をふり返って時折臍をかむ。あの頃、もっと冒険をすれば良かった。好きな人に告白すれば良かった。誰しもそんな思いや悔いを、ほろ苦く噛みしめる。「腕をまわせば」の受け取り方は、幾つかあるが、私は友だちの肩に腕をまわして、冒険を夢見ていた、そんな青春の日々を思いたい。「今も飛ぶ鳥」は、掴み損ねた、憧れの対象物であろう。〈古谷恭一〉
雪に塗れて妖かしへ一歩ずつ 吉田 州花
少し変わった味わいの作品。豪雪に否応なく、雪に塗(まみ)れて暮していることを暗示させる。このままだと次第次第に〝妖かし〟になってしまうようだと。これは雪に囲まれ、外部と遮断された状態のときなどに、自身が妖かしになってしまうように思うのだろうか。雪に包まれた孤独が昂じた幻想でもあろう。〈岡田俊介〉
如月の異端児となり氷雨ふる新井 笑葉
一連の作品の最後に配置されたもの。〝異端児〟が存在感のある言葉となっている。どのような異端児を想像してもよいのだが、氷雨を浴びる異端児は、やはり悲しみを背負った異端児であろうか。霊界から帰ったばかりで、この世に溶け込めぬゆえの異端児とも思わせる。作品の仕立て方は新鮮で、氷雨の中に、寂しいが颯爽とした男を浮き彫りにしている。〈岡田俊介〉
薄墨のおきふし椿点るとも吉田  浪
「薄墨」のような淡さを感じてしまう日々の生活。そんな日常に、少しでも活気を与えようと咲いてくれたのが「椿」の花だった。椿の朱がアクセントになる筈だったが、体力のなさはいかんともしがたく、、「起」よりも「臥」の方に時間を奪われるのだった。哀切感を籠めたなよなよとした作風には、全く乱れが生じない。芯は靱い女性なのだと思う。〈細川不凍〉
蝶一羽映して冬のみず澄みぬ松田ていこ
パレットの木枯らし色だけ消しておく山崎夫美子
低音のエスプリ一言一句なる松井文子
ティッシュ箱兵士を送り出すように福井陽雪
還歴の枯野ひとさじ飲む儀式吉見恵子
白魚の白のパルスを聴いて冬中嶋ひろむ
大寒がどっかと独り身の寝間に細川不凍
ただ雪を降らせてどこも明けぬまま矢本大雪
亡母の絵の春にはじまる桜草板東弘子
りんごの樹ことしの風を連れてくる重田和子
階段を一段のぼる春の耳伊藤寿子
2016.3.11

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