新思潮No.138 2016年5月号より①
こぶしひとつを握り直して冬の陣元永 宣子
歴史上の大阪冬の陣が想い浮かぶが、掲出句の場合は個人的感慨からの詩的所産であろ う。季節的にも健康的にも厳しくなる冬へ向かっての、精神の張りが誘い出した「冬の陣 」である。そして、もう一つの「こぶし」は夏の陣までとっておくのだ。句のたたずまい も内意も美しく、凛々しい秀作として推称したい。〈細川不凍〉
深い傷だろうか鳥が飛ぶことも 寺田  靖
鳥の飛翔を目で追いながら、あるいは心で感じながら、これも一つの傷かもしれないと 思う。それは空が負った傷であり、作者が見せてはいなくても、ぱっくりと割れた精神的 な傷でもあろう。それだけを理解してもらえれば、いつの日か癒える傷なのかもしれない 。しかし、傷は癒えても、傷があった記憶は、癒えてはくれるのだろうか。〈古谷恭一〉
筆走る山が薄墨いろなれば 吉田 州花
春だからことばが影を引くように吉田 州花
薄墨いろの山はやはり春の山なのだろう。それも木々の蕾が膨らんで紅く染まる前の様 子が見えてくる。日本海へ向かう列車の車窓から見る早春の山々はこんな感じである。あ るいは遠くに咲く桜を想像してもよいが、いずれにしても春のあたたかさを秘めた色合い なのだろう。それを遠景に現実の手紙の筆がよく走り、薄墨いろの色彩感まで伝える筆致 が想像される。  「春だから」の作品には、言葉が〝影〟を引くという発見がある。言葉が〝影〟を引く という喩えから、陰影に富む言葉、芳醇さを増した言葉が想像されて、春ならではの気持 ちの瑞々しさまでも感じられる。〈岡田俊介〉
海少し青し快楽を共にして新井 笑葉
少し青みを帯びている海には、暗い黒の時代も、夕焼けに染まった赤の時代もあったの だろう。どちらの色も、象徴に過ぎないのだが、それぞれに色には思い出が重なって時代 の匂いが鮮やかになってくる。いい時も悪い時も私と共にあったのだ。今の少し青みがか っているとの感じ方の謙虚さが、それまでの道のりの浮き沈みを思わせる。どの色の海に も悲しみが寄り添っている。〈矢本大雪〉
哀しみひきずるリラ冷えの霧笛山田悦子
花冷えという言葉があるが、リラ冷えは北海道でリラの咲く頃の寒い日をいう。関西で はリラの花を日常的には見かけないが、作者の住む北海道では、札幌のライラック祭りも あるようによく咲く花なのだろう。霧笛も文字通り、霧の中で互いの存在を知らせるため に鳴らす汽笛で、これも何故か寂しい響きである。リラ冷えの小樽で、霧の中から聞こえ る汽笛は寂しさ、哀しさを募らせるものだろう。〈岡田俊介〉
やさしさの底で攪拌する だから 山崎夫美子
心を優しさで一杯にして、あなたの悲しみを受けとめ、和らげてあげよう。だから早く 立ち直ってほしい。と云う句意であろう。意欲的な語句「攪拌する」で言い切ったあと一 呼吸置き、「だから」でふっと息を吐くような余情がある。〈細川不凍〉
桜まで 咲けば緑の季節まで 古俣麻子
陽を残しアワユキソウの居た気配岩崎眞里子
独りとは大きな声の欲しくなり酒谷愛郷
白椿いつかぽとりとこの世から松村華菜
ふりかえる弟らしき鳥の影澤野優美子
犯人は逃走中の桜闇古谷恭一
桜影ゆらゆら過去の扉押す 月野しずく
アカシアの運ぶ五月の精神科 山内 洋
寂しさのひとつ水鳥うなじかな姫乃彩愛
麦の穂のさらさらと刺すわが自伝岡田俊介
ひらかなとひらかなを追う花迷路越智ひろ子
かえらばや故郷満天星ともす梅村暦郎
2016.5.8

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