新思潮No.140 2016年9月号より①
巻貝の奥から青い物語古俣 麻子
小魚に甘藻が絵本読み聞かす古俣 麻子
海物語と題するさわやかな味わいの作品群。海の神秘が醸し出す諸々の物語 が語られる。巻貝の奥に何があるのか、との思いから創造したものだ。それを 青い物語があるとした設定である。この青はもちろん海底の青に通じるから、 物語の色彩感を深めている。  「小魚」の句からは、小魚が甘藻の中を泳ぐ様子が見えてくる。小魚を育む 親のような甘藻を思わせ、親子の関係と捉えることで、一篇の童話に仕上げて いる。この一連は言わば海の童話集であり、新しい切り口の作品群だ。〈岡田俊介〉
青虫のムシャムシャ時を象れば吉見 恵子
青虫の木の葉を食べるときの形が、すなわち時の形だという発見のある作品 。青虫が形象化され、〝時〟の使者のように捉えられている。象(かたど)る という言葉が的確に用いられ、そこに新しい感覚が秘められているようだ。〈岡田俊介〉
螢とぶ ここから先がわが小径岡田 俊介
芥川賞作家宮本輝は小説『螢川』で、「何万何十万もの螢火が、川のふちで 静かにうねっていた」と螢の大群を描写した。掲出句では、螢の大群は必要な い。作者の歩む先に、ふわりと螢火が一つ舞い出て、それにつられて二、三の 螢火が舞い上がった。もうそれで十分だ。「ここから先がわが小径」なのだか ら。心の片隅に、いつまでも灯し続けておきたいような瀟洒な佳品である。〈細 川不凍〉
梳る手花火ほどのときめきに吉田  浪
黒髪を梳る女性の姿は美しいと言われるが、それも無常の時が瞬く間に運び 去ってゆく。しかし丁寧に齢をかさねて来たひとのたおやかさは、若い年代で は得られない。花のいのちを惜しむ鏡にふと熱い影をよぎらせる、まるで手花 火のようなその儚さが美しく、作品に満ちる澄明な詩情がこころに沁みる。〈松 田ていこ〉
八日目の蝉の声かな逃げ切って西条 眞紀
角田光代のベストセラー小説『八日目の蝉』がモチーフになった作品であろ う。小説では誘拐犯の女主人公が女の子との逃亡の果て、逮捕されるが、掲出 句は「逃げ切って」と結末を逆転させている。蝉の命は七日と言われる。運命 を超越した「八日目の蝉の声」なのだ。神秘的な力への憧憬が感取できる。〈細川不凍〉
乗越した街にアリスの顔で立つ野邊富優葉
電車を乗越して不思議の国に下り立ったという発想だ。いつもの駅と違う駅 に下り立った時の、自分を取り戻すまでの一瞬の錯覚を表現した。その錯覚を 、不思議の国を冒険する〝アリス〟の言葉を用いて、美しい作品に仕立ててい る。こういう錯覚は誰もがよく経験していることだろう。それだけに初々しい 余韻が残る。〈岡田俊介〉
梅雨入りのインクブルーに滲む坂月野しずく
かっと炎天死ねない列に並ぶなり酒谷愛郷
バラ線をくぐる朦朧体の月 高橋 蘭
飼いならす蛍ぶくろの闇のいろ吉田州花
心療内科で桃っぽく泣いてみる澤野優美子
ここんとこきれいな虹に遭えなくて 前川和朗
字余りのように最後尾のわたし山崎夫美子
静物画に入りて文読む束ね髪松井文子
ひとりからその他となってゆく駅舎みとせりつ子
ポストまで到らぬ一通夏果つる細川不凍
2016.9.18

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