新思潮No.158 2019年9月号より③
夏でなく君でもなくて流線に姫乃 彩愛
季節に身を委ねるのではなく、君を頼りにする訳でもない。ただ純粋に、時の流れに殉じていたいという心境が窺える。自身の心の澄みがもたらした悟りにも似た一句だ。この句のフォルムそのものが、流線的な美しさを見せている。〈細川不凍〉
干からびた虹だが杜のブランコに大谷晋一郎
淳夫忌が来て七月の芒売り大谷晋一郎
虹が干からびたのは、ブランコに乗る人の歳のせいにちがいない。昔は美しい虹だったのに、今は干からびた虹にしか見えないという哀しさがある。神社などの杜にあるブランコであろう、そのブランコに乗ると見えた昔の美しさを追ったところで、今は、干からびた虹しか見えないのだ。〈岡田俊介〉
泉淳夫の命日は、昭和63年7月19日で、暑い日の告別式を思い出す。淳夫の代表作は、「如月の街まぼろしの鶴吹かれ」だが、「江戸中を白い夜にする芒売」の時代吟を好む人も多く、私もその一人だ。〈岡田俊介〉
思い出すまでは木洩れ日の家族伊藤 寿子
美的感覚の所産と云える隠喩「木洩れ日の家族」は、燦燦たる陽光に包まれることのない不遇の家族を象徴した言葉であろう。そんな記憶の辺境にある家族を、きっかけはどうあれ、思い出すことになった。そして、その後のクリアになった心のスクリーンには、ハッピーな映像が描出されたことだろう。現実とファンタジーが交差する中で生まれた作者の仮想の世界に魅かれた。〈細川不凍〉
防波堤ひとり役者の咲きざまを福田 文音
防波堤の上に立つ感覚を詠むものだ。無人か釣り人ぐらいしかいない防波堤の上を、舞台のように見立てたもの。もちろん、ここでの役者は作者自身であり、浜の方からみると、影絵のような存在ではあるが、そこでの一挙一動が自分を咲かせているように感じたのだ。〈岡田俊介〉
透明の傘重なって街はじく 峯島  妙
ある日のこころの動きを詠む。このごろ透明なビニール傘をよく見かけるが、この句はその透明な傘が重なる雑沓の風景だ。傘は雨をはじくものだが、〝街〟をはじくという捉え方に発見がある。重なるほどの雑沓の皆ではじく〝街〟の光なのだ。〈岡田俊介〉
睡蓮や話せば楽になる猫背古俣 麻子
ふりむけばただ風紋の千思万想杉山 夕祈
透きとおる沼のしずくで書く伝記岡田 俊介
藍色に紡ぎなおしてさしあげる吉田 州花
この辺と決めて倒れる花しぶき岩崎眞里子
重い扉が開いて風の吐息して新井 笑葉
鋏研いでいる時間を止めている板東 弘子
極上の皿に並べた風の音立花 末美
死神にしたたか頬を打たれたり鮎貝 竹生
引き潮の浜に人形空青く伊藤 礼子
指揮棒の先より秋は広がって前川 和朗
2019.10.10

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